今週のアーティスト
福盛田 眞智子
machiko fukumorita
陶芸家
第2回
 小雨降る早春。札幌の隣街 江別市へと車を走らせた。
北広島市と江別市を結ぶ江別恵庭線沿いに、野幌開拓を担った北越殖民社の創立者の一人、関矢孫左衛門の居住地跡でもあり桜の名所にもなっている「千古園」がある。
そこの直ぐそばに、陶芸の道に入り20年目を迎え、日々作陶に励んでいる福盛田さんの工房「千古窯」に到着。
新しい出会いを楽しみにドアを開けた・・・。
「こんにちは!gallery MOTOです!」
(at 2008.03.27 / writing Yuki)
 
                             
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ー早速ですが陶芸の道に進んだきっかけは?
 OL時代に趣味で陶芸教室に通い始めたのがきっかけです。陶芸教室だとロクロを回す順番がなかなか回ってこないので、ロクロを買って自宅のアパートで楽しんでいました。結婚を期に10年ほど陶芸から離れていましたが、下の子が幼稚園にあがる頃、ある人に「もう一度やってみたら」と誘われ、本格的に陶芸を再開しました。
"雪原窯"の長畑先生の下で11年ほど手伝わせていただき、先生が体調を崩されて入退院を繰り替えしていた時も、仕事を任されるほど沢山の事を教えて頂きました。

ー千古窯の由来はなんですか?
 志し半ばで亡くなられた先生の意思を引継ぎたいと先生の逝去後、雪原窯を引継ぎました。ところが工房の移転が決まり、場所を探し始めた時に周囲からもこれを期に改名してはどうかと言う声もあって・・・。とにかくこの場所が気に入って千古園のそばを何度も通っている間に「千古」っていい名だと思って

                   
   
 
「千古窯」と名付けたんです。
ここに引越す時も生徒さんや、その旦那さんまでが手伝ってくれて、多くの人の協力があって今があります。頑張っている姿を見せていく事が恩返しだと思っています。(笑顔)

ー改名した時は、どんなお気持ちでしたか?

 親離れした気持ちですね。それまでは先生の作品に憧れて、とにかく追いつきたいと頑張ってきました。千古窯に改名してからは先生から学んだものに、自分なりの「ザックリ感」や「あらあらしさ」「おもいっきりさ」が出せたらいいと思っています。

ー作陶への"湧き出る力"はどこから生まれますか?
 子供の頃、興味津々で親の目を盗んでもやりたい事っていっぱいありましたよね。それと同じで、今も私は、"興味津々"なんだと思います。それが作陶への"湧き出る力"なのかもしれません。
                       
福盛田さんにとって 陶器の魅力とは?
 「人の手の温もりがある」そこが魅力だと思います。


ー今後の予定を教えて下さい。

 セラミックアートセンターで「灯のある食卓」に出展する作品や芸術の森で開催される「サッポロクラフト2008」に向けて作品を作っています。
ほかに、北海道陶芸会が今年で40周年を迎えるんですが4月にポートランドでアメリカの作家さん達と一緒に展示会を開催します。とても楽しみです。
       
           
                   
 
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